うひゃあ
今の所後輩の定期演奏会を見に行くことが唯一のモチベであり生きがいである。
明日で5月が終わることに動揺を隠し切れない今日。
この2週間、身体的にも精神的にも限界だった。
我慢し続けた結果なのか、貧血で全く動くことができず、
今日1限から3限まで出られなかった。最悪。
O.Cの話。
インスタにもこれはかいたし、FBにも今月の振り返りとして書くけど。
O.Cでコミュデザに入ろうと思った身としては、
自分がキラキラしてワクワクしてドキドキしたあの空間を作るのに、
こんなに裏で努力があったのかと驚いた。
知ってたけど、ここまで考えてたのかと、驚いた。
問題は色々あったにせよ、先輩方すごいなって心から思った2週間。
O.Cの手伝いは出来るだけ残ってやろうと思ったから残った。
調子乗ってんなって思われたらどうしようとか考えたけど。
たとえ夜遅くても。
ほんとはそれなりにアパート遠かったりしても。
たとえ1年1人でも。
まだまだ力不足で知識不足で未熟だけれど。
もしかしたらいいお節介だったかもしれないし、
邪魔だよって思われてたかもしれない。
それでも、「終わらない」と半泣きで頑張っている姿を、
辛い苦しいと言いながら作業している姿を、
「がんばろう、大丈夫いける」と笑顔で声をかけている姿を見てたら、
何もしないで帰るなんてできなかった。
ほんのすこしでも力になれてたら、と思う。
今週はその反動かは知らないけど、
すこぶる体調が悪くてしんどかった。
精神面は先週に増してこじらせた。
最近人をうまく信じることができない。
人の目が怖い。
集団の中にいると不安で仕方がない。
呪いのようにあの言葉がまだ脳裏に張り付いて離れてくれない。
家に帰ると涙が止まらない。
ちょっと気が抜けると死にたいと声に出すようになってしまった。
これはいけない、と思いつつ治る気配はない。
というかむしろひどくなっていっている気がする。
精神科行けって言われたけれど、良い精神科どこなのかわからない。
あとそんなお金と時間はない。
薬をもらったら楽になれるのかな。
でもそれで果たしていいの?とか思ったりする。
ピアスを開けたい欲と手首をめちゃくちゃにしたい欲が
時折襲ってくるのを必死に抑えている。
共依存の話を聞いて、
恐ろしいなと思いつつ、自分は共依存になりやすいと思っている。
現に今自分を肯定してくれる人を探している。
たった1言でいいんだ。
辛かったねでもなんでもいいから。
共感が欲しい。同情はいらんからさ、話を聞いてほしい。
私の居場所ってあるのかな?わからないけど、心の居場所が欲しいです。
なんでこんなにメンタル弱くなったかわからない。
自分の気持ちがわからない。
人間関係こじらせるのうますぎってそこだけ上手って笑えない。
胃薬がもう少しで無くなりそう。
今日のプレゼン緊張しすぎて胃痛がひどかった。
頭痛と肩こりがひどくて死にそう。
そういえば来週は心臓のエコーの検査。
最近偏頭痛の頻度が上がって泣きそう。
梅雨に入ったらほんとに死んじゃうんじゃないかなって、
自分でも正直心配です。
死にかけてたら誰か助けてよ。
そんな人いるのかは知らんけど。
hsp
思わず癒しを求めてブラックジャックを見たら、
ピノコの純粋さに心がやられて不意打ちで溢れて苦しいので
その勢いで書きます。
あれから何やかんやあって、
結局私はやっぱり嫌われているらしいということがわかった。
ずっともしかして?と気になっていた部分がはっきりした。
でしゃばるなと思われているらしい。
そうか、でしゃばるなってかぁ、、と思った。
気にすんな、と言ってくれた人はいます。
でも、その言葉が毎日頭から離れない。
呪いのように頭から離れない。
何も出来なくなった。
正直、でしゃばるな、という意味が私にはどこの場面でのことかわからなかった。
発言をするな、という意味なのか、空気を読め、なのか、
それとも関わってくるなという意味なのか。
わからないから、何をするにも怖くて仕方がなくなってしまった。
どう思われているか教えてくれた人を責めるつもりは全くないです。
だけど、もしかしたら同じように私を嫌いだと思う人がいて、
今の私を鬱陶しく思っている人がたくさん本当はいるのかもしれない。
今の言葉は、今の行動は?
そう考えたら苦しくて苦しくて仕方がなくて、
毎日生きるのがますます辛くなってしまった。
10人いたとして、10人が私のことを好きになることはないこともわかるし、
それを気にせずにちゃんと乗り越えたいと思っているけれど、
うまく切り替えが出来ない。誰も信じられない。
友人だと思っていたあの子たちも本当は私のことを?とか考えてしまっている。
信じて、と言われたけれど、
今の心の状況だと人を信じることがますます不可能になっている。
前回も書いたけれど、
残念ながら私は誰とでも仲良くできるわけではないみたいで、
そこまで器用ではない。不器用。
本当はそうしたい、そうしたいけれど、出来ないらしい。
悲しいね。
言い訳がましくなるかもしれないけれど、
このグズグズ考えてしまう性格には名前がついていてhspという(らしい)。
最近知った。たまたまツイッターで流れてきた記事に書いてあった。
昔から感受性豊かなんだねと言われてきたけれど、
あぁこれだ私は、と思った。
自分でもhspだというのはなんだか気がひけるけれど、自分はhspだと思います。
ただの気休めかもしれないけれど、
だから何?って思われると思うけれど、。
気にすんなと言われても私は気にしちゃう人なんです。
気にしてしまう人で、クッソめんどくさいやつなんです。許してください。
なんだかもうわからない。自分の気持ちがごちゃごちゃしてわからない。
なんだか本当にもうわからないけれど、
誰にも話せないからこうやってただただ書いています。
毎日考えがぐるぐるして気持ち悪いし吐きそうです。
気づいたら手が震えていて、うまく笑えなくて、
急に腕をかきむしりたい衝動に駆られて仕方がない。
そうしたって状況は何も変わらないけれどしちゃダメですか笑
こっちを見てこそこそしないでよ。
私と話をした後に、私が発言した後にこそこそしないでよ。
お願いだからそこはうまくやってよ。
最低限のコミュニケーションはお願いだからとってくださいきついです。
本当は仲良くしたかったよ、仲良くしたいんだよ。
苦しいときに苦しいと言えるのが羨ましい。
最近話をしてくれないのは、あなたも私のことが嫌いになったからですか?
私ともう仲良くしてくれないんでしょうか。
とてもとても寂しくて仕方がないです。
みんなの目が怖い。
自分のことが好きになれません。
大嫌いすぎてあの本当は今すぐにでも消えていなくなりたいです。
それでも、それでも、
明日もなんとか精一杯生きるしかないと思うので生きます。
何が書きたいのかわからないけど書く。
気づいたら大学に入学して3週間が経っていた。
さよならJK
前回のブログからめちゃめちゃいろんなことあって、書きたいんだけど、
今の気持ちを書きだしたいので書きます。
明日がついに卒業式です。
率直な感想として。
早かった。本当に。
3年間なんてあっという間だった。
私の高校は言っちゃ悪いけれどいたって普通の高校。
そしていわゆる自称:進学校。
だいぶ癖のある先生方と、
不良少年少女がいない代わりにちょっと癖のある生徒ばかり。(ごめん)
ちょっとノリが悪いしむしろずれてるし、(ごめん)
本気になるべきところ、はしゃぐべきところではしゃげない。(ごめん)
プライド高いのかシャイなのか知らないけれどそこが苦手だった。
47分間授業という変な授業時間配分で、異様に課題は多くて。
これといった目立ったり秀でた部活は1つくらい。
校則も普通。他の高校より携帯使用のルールが厳しいくらい。
自販機もない。購買もない。
中学の時に思い描いていた理想のJK生活とはひどく遠い日々だった。
「なんでこんなに普通なんだろうか。」
ハイスクールミュージカルを見てはうちの高校と比べて悲しくなった。
(いやハイスクールミュージカルと比べるのは見当違いだけれど、何か面白いものはないのかと思っていた。刺激?が少ない高校だったように感じてた)
この高校に入って良かったか。
はい。とは素直には言えないけれど、
この3年間を振り返るとそんなに悪いものではなかったかなと思う。
1番はやっぱり部活。
憧れの8人の先輩たちと、優しく愛に満ちた先生方。
この人たちには出会えて本当に良かった。
この出会いは一生忘れないし宝物。
歌をより一層好きになれるきっかけの人達。
12人の個性豊かな後輩たち。
特に2年生には思い入れは強い。
沢山泣かせたし、困らせた。
でもその分私もいっぱい泣いたしいっぱいつらかった。
この野郎って思ったこともある。言わなかったけど。
毎日生きるのが苦しいくらい部活で悩んだけれど、
それを乗り越えられたのも結局彼らのおかげ。
ピアノをやってた時以上に真剣に音楽をやった。
そして、喧嘩はしなかったけど、
きっと私のことが憎くて仕方がなかった時があったのに、
やめようと思ったことがあったのに、
それでも最後までずっと隣にいてくれたあの子。
感謝しかない。
今の大学に進学が決まったのも正直この高校のおかげだと思っている。
進路指導をしてくれた先生が完ぺきだったのは自分の運の強さに感謝。
なんだかんだ言っていろんなつながりを持つきっかけもくれた。
行動したのは私自身だけど、そのきっかけをくれたのは高校。
この3年間
自分を傷つけてしまったことも、
生きるのがつらくなってしまったことも、
学校に行きたくないと思ったこともある。
保健室に逃げ込んで大泣きしたことは数えきれないほどある。
教室のあの空間がひどく息苦しくて仕方がない日もたくさんあった。
未だに自分は素の自分でいられてる自信はない。
誰かに嫌われないように。誰かの気に触らないように。
言葉を選んで、空気を読んで行動している自分が今もいる。
だけど、それをやめたいなって、
私は私だと、堂々としていたいと思えたのもこの3年間があったから。
「謙遜ばかりじゃなくて、言葉を選ぶより先に、
ありがとうをちゃんと言えるようになろう。」
って言ってくださった先輩。
「あなたの歌が好きよ。」
って泣きながら言ってくれた先輩。
「頑張るって言うな。あなたはもう頑張るな。」
って言ってくれた保険の先生。
「大丈夫だ、お前のことは好きだから。嫌いになんてならないよ。」
って通話で励ましてくれた友達。
「きっといけるさ。君が頑張ってきたのは知ってるよ。」
って言って微笑んでくれた司書の先生と進路担当の先生。
いろんな人に出会えた。
私テストで暗記するのは苦手なのに、もらった言葉とかは全部全部覚えてるの。
この人達からもらった沢山の言葉が今の私を作ってくれてる。
3年間でもらった、厳しい言葉も、優しい言葉も、苦しい言葉も。
今の私を作ってくれた。
全部全部この3年間で起こったこと起きたこと。
明日は多分泣かないけれど、
これが3年間の思い出って言葉だけで片付いてしまうことが
なんだかすこし寂しいなって。
そしてきっとこれを忘れてなくしてしまう日が来るのが
ひどく悲しいなって。
今はそう思う。
憧れの先輩と憧れの人に会ってご飯が喉に通らなかったっていう話。
珈琲をがぶ飲みしたので今日も寝れません。
これから書くことは絶対忘れないし思い出なんだけれど、
アウトプットも兼ねてこれを書きます。
先日大学のスクーリングがあって卒展を見てきた。
2期生の先輩たち。
去年の1期生の先輩方のもすごくよかったけれど、
2期生の先輩方もかっこよかった。
伝わってくるものが多すぎて、凄すぎて、メモがうまくとれなかった。
流石にそれじゃあ駄目だと思ったから写真を撮ってきた。
全部のは撮れなかったけれど。
優秀者プレゼンテーションも聞いてきた。
プレゼンの仕方、言葉、スライド。
あぁここ好きっていう瞬間が沢山あった。
そのあとのトークも面白かった。
素直に感動した。
その思考回路と行動力は何?って感じ(失礼)
あとは個人的に2期生の先輩に、
何人か知ってるというか仲良くさせてもらった先輩とか、
繋がってる先輩方がいて、
その人たちみんなキラキラしてて嬉しかったしかっこよかった。
あと覚えててもらえてて超嬉しかった。
ちゃんと全部ノートにアウトプットするのに時間かかるけれど、
ひとつ残らず吸収したい。
そしてその翌日。
高1の時からずっとお会いしたくて、いつかお話を聞きたいと思っていた人と、
ご飯を食べてきてしまった。
おまけに憧れの先輩2人とこの前読んだばっかの雑誌に載ってた人も一緒。
なんで私ここいるんだろって5分に一回は思ったし、
憧れてる&何個も年上の人達に囲まれるし、
もうガッチガチに緊張してしまって、
全く思うように喋れないしご飯が喉を通らないのに喉は乾くし。
頭回んないし、まだ話を聞くスキルがないなと思い知らされた。悔しい。
相槌を打つだけで精一杯。今思い出しただけで恥ずかしい。
なのにこっちのほうを気にかけてくださるし話ふってくださるし、
おごってもらっちゃうし最後は握手してもらうし何これやっぱり夢?
そんな方に話をお聞きして思ったのは、
今まで私が少なからず学んできたこと、これから学ぶことほんとに全く逆だった。
ほんとに逆。なんならちょっとタブーなことかなって。
でもすっごいおもしろかった。
そういう(?)考えの方だってのは知ってたけど。
うまく書けないんだけど、簡単に言うならば、
学科の方針的には’(私の勝手な印象)
テーマになってる人、課題になってる人達が主人公でなければならない。
その人たちのために「コト」をデザインしなければならないし、その人たちが優先。
だけど、みんなが主人公でいいんだって。そう仰ってた。
やりたいことやって、そして理由なんて後付けでいいんだって。
その代わり、一番に自分たちが楽しむことが大切で、
周りに広がらせるデザインとスキルが必要だけどって。
主体性をどこに置くのか、課題解決の意味とは、とか。
強い繋がりも大事だけれど、ゆるい繋がりも大事だということ。
そう仰ってた。
楽しそうにお話をしてくださってなんだかこっちも嬉しくなった。
地域や社会的にはいいことには結果的にはなっているけれど、
遊んでるみたいに、お祭りみたいな感覚でやっているのかなぁとか思ったり。
いい意味で、仕事の内容的にはコミュニティデザイナーなんだけれど、
コミュニティデザイナーらしくない人だなぁと思った。
本当に「場を編む」人だなと思った。
ほんとにうまく書けないし、うまく書けなさ過ぎて、
全く違う解釈になってたら申し訳ないけど。
なんか、うん。まじかーって思った。
それでいいんだって。
私はそれは駄目だと思ってたからびっくりしたし面白いと思った。
あとやっぱり言葉選びとその感覚が普通と違って好きだなぁと思った。
もっとお話しを聞きたかった。
今度「こっちにおいでよ」
って、言っていただけた。
超行きたいし今度は会っても恥ずかしくないように、ちゃんと話せるように、
頑張ろうってほんとにほんとに思った。
声を掛けてくださった先輩にひたすら感謝。
この2日間思ったのは出会いって大切だなぁと。
お忙しいのに「ささのすけだからいいよ。笑」
って、卒展のお話をお聞きできたり。
憧れの方と出会えたのも出会いがあったからお誘いしてもらったわけだし。
なんだかんだ沢山私縁をいただいてるなと。
今度は私が縁をつなげたらいいなと思ったし、1つ1つ大事にしたい。
そう思いました。
うまく書けない。うわーん。
頑張るしかないんだろうとは思います。
相変わらず課題が終わらず死にそうです。
マイプロのプレゼンのスライドもやばいし、
なにかと溜める癖はいつなおるんだろうか。
大学に関して、対して、なんだか最近不安で。
自分ちゃんと生きれるのかなぁって。
私は4年後、あの学科にちゃんといるんだろうかって、
今から実は不安になってる。
何を言ってんだって感じかもしれないし、
そんな生半可な気持ちになってるんだったら入るなって言われると思う。
実際人前でなんか言えないし、言いませんけどこんなこと。
ちゃんと覚悟はしてる。
ここの学科に入ろうと決めたあの時から、両親とも何回も話し合ったし、
学科に何回も行ったし、
自分の気持ちとも向き合って決めた。
試験に向けて本気で準備したし、がむしゃらに頑張ろうって思ってる。
楽しみなことだってある。ワクワクしてる。
早く大学行きたいなって思ってる。
でも、不安。
なんだろな、言い訳にしかならないんだろうけども、。
学科から中退した人も結構いる。
いないわけじゃないとは思っていたけれど、
つい最近そのやめた人数を知って驚いた。
学科の先輩が、つらいと、なんでここに入ったんだろうと
つぶやいてるのも見たことがある。
ブラック企業と同じくらいきついと、冗談で例えて言ったのはわかってるけど、
先輩が言ったその言葉が頭の中で最近ちらついてる。
果たして、私はやっていけるんだろうか。
学科がやってることはとても魅力的に見える。
つらいこともたのしいことも、全部ひっくるめて。
苦しいんだろうなと思う。
ただ、やり遂げたときの先輩方のお姿や、出来上がったものをみると、
近づきたいと思う。私もしてみたいと思う。
でもそれが錯覚だったらどうしよう。
入ってみなきゃわからない。
そう思うけれど。
私は高1の途中まで全く全然違う道に走ろうしてた。
学科のジャンル(?)はかすりもしないわけではなくて、
なんとなく触れてきたジャンルで興味はあったけれど、
学科に出会うまで意識してこなかった。
だから怖いんだと思う。
全く未知の世界。
あと、あの空間はまだ普通じゃないと思っていて。
いづれ普通になるんだろうし、そうなることが望ましいんだろうけれど。
こう特別じゃなきゃいけないみたいな。
話すときも聞く時も常に見られてる。
何かいいこと言わなきゃ、なにか特別なこと言わなきゃ、やらなきゃ。
時々そう思ってしまう。
私がまだまだだということなんだろうけれども、
そんな感じがして怖い。
私が私じゃなくなっちゃう気がする。
この感覚がおかしいのかわからんけれど、
頑張るしかないのはわかってる。
もっとうまく自分の気持ちを言語化できたらいいのにな。
へたくそか。
この世界にアイは。
新年が明けて8日目の今日もあと約10分でさようならだなぁ。
8日目の今日も私は今日をちゃんと過ごせてたのかな。自信はないな(笑)
新年あけて1発目のブログの題名は壮大だけど、
これから書く内容のことは全く違うから安心してください(?)
そしてきっと今回もオチはありません。
私は読書がとても好き。本が好き。特に小説が。
今まで私が買った本は100冊を超えている。
本はもう棚には入りきらなくてあふれていて、
最近はもう置き場所がないから、自分の勉強机にも積み重なってきていて。
勉強スペースがだんだんなくなってきていて困ってる(笑)
これじゃあ勉強机の意味がないなぁと思うけれど、
きっと私はこれからも本を買い続けるんだろうからしょうがないかなって。
そう、私は本が好き。読書が好き。
でも、高校に入ってから私は本から遠ざかってしまった。
それはどうしようもなかったし、時間を読書に費やす暇もなかった。
じっくり本を読んで、本の世界に浸かる心の余裕もなかった。
書店に行って自分の好きな作家さんの新刊やポップを見て、
思わず手に取って買ってしまった本が、勉強机に積み重なっていくばかりだった。
だけど、高2後半になって、進路関係のことで市立図書館のボランティアに行ったり、学校図書館に出入りすることが多くなった。
そして合格して、少しだけ時間ができた。
だから私はまた読書を始めている。
前回のブログでは書かなかったけれど、実は今年の目標はもう1つあって、
それはできるだけたくさんの本を読むこと。
今まで勉強机の上にほったらかしにしてきてしまった本たちや、
ボランティアをしながら目星をつけてた面白そうな本たち。
そして、あとわずかな時間しかないけれど、
できるだけ沢山学校図書館にある本を読みたい。
だからここ最近は毎日本を読み、毎日昼休みに図書館に通い、
毎日本を借りてくるという生活を送ってる。
センター受けなきゃいけないし、勉強しなきゃいけないのもわかってる。
でも私は今読みたい。(これをうちの担任が知ったら絶対怒られる)
さぁここからが本題です。
※今回はとっても長いです。
毎回図書館から借りる本は2冊。
1冊読んだら1冊返して、新しくまた借りて、2冊目読んでまた返しての繰り返し。
毎日新しい本と出会いたいからそうしてる。
まぁそれはおいといて。
今年1発目に選んだ本は西加奈子さんの「I」
今までの自分なら絶対読まない本だし、読まない作家さん。
小説を読むことは好きだし、なんでも読むようにはしてるけれど、
それでも私にも本の好き嫌いとか、読みにくいというか苦手な本はあるし、
何度か自分にどうしても合わなかった本は何冊かある。
あとはよくテレビで紹介されてる本とかはわざと避けていた。
でも、今年はその避けてきた本も読もうと決めていた。
「サラバ!」とか「漁港の肉子ちゃん」でもよかったけれど、
「I」という本の題名と、インパクトのあるおもしろい装画に心が引かれた。
だから思い切って借りた。
で、1番伝えたい本の感想なんですが、
ここまででもうブログの文章相当長くなってるから、頑張って簡単に述べます。
すごい。
一言でいうならこれ。
あの、自分が語彙力がないことは自覚してるし、
もっとあるんじゃないかと私も思うけれど、
読んで1時間以上たった今でもこれしか思いつかない。
そのくらい余韻が凄い。
海の中をたださまよってる感じ。
残念ながら私は感情移入は主人公にできなかった。
文を読んですっきりとかはできなかった。
ただ、文から伝わってくる感情は強く強く伝わってきた。
今頭の中で、ずっとこの「I」という本から伝わってきたものを必死に考えてる。
というか、考えさせられてる。
本当はあまりこういうの好きじゃないし、
あらゆることを考えるのが止まらなくなってて今割と頭の中が苦しいんだけれど、
この感覚は嫌いじゃないと思えてしまう。
なんだろう、今こうやってブログを書こうと思ってしまったのも読んだからだし、
何か伝えたいと思ってしまったから今書いてるわけなんですが。
正直いうと私の好みには合わない。と思う。
まだ読むのは早かったかなぁとも思うし、
今後西加奈子さんの作品を読むか、と言われるとちょっと悩んじゃうんだけれど、
私にとっての西加奈子さんの初めての1冊が、
そして今年初めての1冊目が、これでよかったと心から思う。
うん。それはほんと。
今回のブログの題名は「I」の中で何回も出てくるキーワードです。
この言葉の意味も読めばわかるんだけど私の言葉で伝えるには一万字とかになっちゃうので止めます。とりあえずこの本を読んでほしい。
もっと本についてうまく伝えられたらいいんだろうけど、うまく伝えられません。
読めばわかります。この本を読んでほしい。
そしてなにを思ったのか私に教えてほしい。ぜひ。
余談なんですが、本の裏表紙を見たら寄付本で、
それも大好きな司書の先生からでした。
先生がこの本を読んだことにも興味がわいたし、
本を通じて先生と話をしたいことも見つけた。
先生はこの本読んでどう思った?なんでこの本を寄付しようと思ったの?
って明日聞いてみようかなぁ。